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2013
06.04

出会い

Category: 未分類
練馬駅から住宅街の路地を抜けぬけ、石神井川沿いの小道をしばらく行くと、道楽橋という橋がある。その橋のたもとから川沿いにある三浦哲郎先生のお宅が見える。
後年、その橋を渡る度に、わたしはその名が妙に気になってしかたがなかった。ある時、「もしかして、あの橋の名付け親は先生ではないですか?」と、お尋ねしたことがあった。
「それは違う。俺がここに越して来た時には、すでにあの橋はあったよ。」と、先生は怪訝そうな顔をしたことがある。
再び小説を書いてみようと思ったことが、五十路の趣味や道楽と思われやしないか、そう思うと恥ずかしさで身が縮む思いがし、学生時代には気にも留めなかった橋の名が、渡る度に心にひっかかってくる。
大学に入学して間もない頃だった。第二外国語のフランス語を教わっていた村上菊一郎先生に、授業後呼び止められたことがあった。
「君の郷里はどこかね。」と訊ねられた。
「青森県です。」
「太宰の方か、それとも三浦の方かね。」
「南部です。」
「それはちょうどいい。一度、三浦君を訪ねたらどうだ。連絡をしておくから。」
以前、わたしは先生に作品を読んでいただいたことがあった。しかし、わたしはそれまで三浦先生の作品を一編も読んだことがなかった。『忍ぶ川』という作品で芥川賞をもらった、ということぐらいしか知らなかった。同郷の作家にたいして実に薄情な若者だった。
「はい。」と、わたしは村上先生にいった。
昭和四十一年のことである。その日からわたしは一週間授業をさぼり、持参する作品に取りかかった。もちろん『忍ぶ川』も読んだ。
事前に三浦哲郎先生のご都合をお聞きし、練馬のお宅をお訪ねした。
玄関のドアーを開けるなり、わたしは(あっ、忍乃さんだ)と、思わず心の中で呟いた。
少しも着崩れのない上品な和服姿。そしてにこやかな笑顔で出迎えてくれた奥様は、まさしく『忍ぶ川』の忍乃さんだった。
三浦先生をお訪ねすると聞いた友人たちは、忍乃さんに会えるんだ。羨ましい、と口口に言っていたものだ。
奥様と入れ替わるように出てきた先生は、「やぁ、いらっしゃい。菊さんから聞いていたよ。」といいながら、はだけた浴衣の襟元を直し、前結びの帯をぐるんと半回転させた。
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